秋の京都旅行は、実に充実しておりました。
というかむしろ、イベントが盛り沢山過ぎて
自分が今何処に居て、一体誰と会っているのか分からなくなるぐらいで(笑)
連れて行ってくれた友人Mちゃんに、感謝でございます。
またいつでもこんすた〜んす、と耳元で囁いてあげるからね。
ひとりにしないでくれよう〜、だ〜るた〜にあんさ〜ん(笑)
身内ネタですみません;
さて。
シスキン的には、特に神仏に詳しいとか、大好物であるとか、
そうは思っておりませんけれども。
何事であれ、お祭りやらイベントは好む傾向のようです。
つい先日、またもやご縁がございまして。
今度は神社のお祓いに出掛けて参りました。
久々の、リアルタイム更新になるのかしら(笑)
特に関係はありませんが、
只今クリスマスソング流しっぱで、
気分はアメリカの古き良き時代です。
そんななかで、神社の記事を書く。
これもひとつの行とみた(笑)
神仏の境界にこだわりはないが、行事としての神秘性に魅かれるシスキンであります。
人との営みで育まれてきた文化が、興味をそそるのです。
今回は昨年も縁あって参加させていただいた、火渡り神事のお話です。
二度目の参加、ということで、少し意味がつかめてきました。
この火渡り神事、年末に一年の穢れを祓い、新たな年を迎えよう、という行事になります。
古い歴史を持つお寺や神社にまま見られるのは、
廃仏毀釈前の、お寺と神社が分離していない様式ですが、
今回参加させていただいた、こちらの神社も「○○山○○寺」というように、
神社とお寺の名称をあわせ持っていたりします。
前記事で記した東本願寺の報恩講でも、お経を上げて雅楽が鳴る、
という様式でしたから、
明治以前の日本の信仰は、もっと混ざり合ったものであったのかもしれません。
と、そんな時代に想いを馳せつつ、受付へ。
一般的にこの火渡りに参加する場合、
門徒…じゃなかった、檀家?…いや違う、神社だから氏子さんか。
その土地の氏子総代さんを頼って、氏子として団体参加するか、
もしくは信者さんたちが渡り終えた後に、一般人として参加するかのどちらかになると思われますが、
一般参加となると、如何せん火の勢いが間近で感じられず。
何とかならないものか、と、設けてあった受付へ、詳細を聞きに行ったのでした。
すると、ご祈祷料を納めれば、火渡り前のご祈祷からの参加が可能だということで。
早速、お願いしてみました。
ちなみに氏子さんたちは、朝から食事を挟みつつ参加されているようです。
火渡り神事が行われる場所。
火が灯る前はこんな感じです。
ご祈祷は、6時過ぎから始まるようです。
お寺も神社も、ご本堂は同じなので、
ご祈祷はお寺のお祓いが終わった後に行われます。
本堂内の寄合所で待つことしばし。
火鉢型ストーブの前で暖をとりながら待機です。
ご本尊脇に設けられた場所には、
剃髪したお坊さんの行来があり、
マイクで檀家さんの番号札を呼び出していく姿が、
ちょっとご利益の高い景品交換所のようで、何ともシュール(笑)
お寺のお祓いのほうでは太鼓が打ち鳴らされ、
読み上げられる読経に合わせて、脇に控えるお坊さんたちが転読(てんどく)を行います。
転読とは、手に持ったお経をまるで流すようにパラパラと反対の手に移していく方法で、
一回移し終えると、一冊読んだのと同じ効果になるそうです。
マニ教でいうマニ車と同じ意味ですね。
転読について知りたい方は、
こちらのブログが写真つきで分かりやすいかと思います。
今回はお寺の行事が少しおしていたのか、
前回よりも遅めなスタートとなりました。
7時近く、火渡り神事の開始です。
まずは本堂にて、ご祈祷ののりとを挙げます。
行者さんは十数名といったところでしょうか。
祓いたまえ清めたまえ、とか、あとは般若心経、神様の成り立ちや歴史など、
様々な祈祷を挙げつつ、印を切って場を清めていきます。
ご祈祷が終わると、いよいよ外に移動です。
正面に設えた祭壇に、祈祷を終えた野菜やお札などを供え、
また再びのりとの大合唱が始まります。
氏子さんたちは、白はっぴに鉢巻姿が基本のようです。
はっぴに葉団扇が染められていて、修験道と山岳信仰の関わりを感じます。
木片に火を移し、それを修験者さんたちが各々手にし、
火渡り場の周りをぐるりと取り囲むようにして点火します。
実によく燃える!
よく燃える、ということは空気がよく乾燥している、ということで
イコール寒い!!ということです。
寒い、そして火を渡るため当然足元は裸足。ということで。
足、めっちゃ寒イタイ!!(爆)
砂に、小石が多いせいか、地面がもの凄く冷えているのか、
その両方か。
実際これが修行なのではないか、という感覚に襲われます。
でもこの火の回りを三度回らなくてはならない、というしきたり。
「修行修行…」と呟きながら、ただひたすらに前の人に続きます。
あ、でも正しくは真言を唱えながらまわるらしいです。
「オン ヒラヒラ ケンヒラケンノウ ソワカ」でしたっけ?うろ覚え。。
私たちの内側で、行者さんたちが印を切りつつ回っていきます。
そして真ん中から火が割れてきたところで、
最初の行者さんが走り抜けるのを合図に、氏子さんたちが後続します。
このとき、霊場を守るようにして立てられていた榊や竹が倒されて、
信者さんたちの手に渡ります。奪い合いになりますけど(笑)
火渡りなう!
渡る直前、行者さんたちが背中に印を切ってくれます。
そして渡り終えると、災いの火が戻らないよう、葉団扇で足元を祓うような仕草をしてくれます。
誘導されるまま、本堂脇の出入り口に向かうと、
足を洗うためのたらいとタオルが敷かれていて、
これまた前者に倣うようにして足を洗い、火渡り終了です。
並んで待機しているときは、結構凄い火の勢いに感じられますが、
渡ってみると、ほんのり暖かくて心地よいです。
というか、もうそれ以前に足が冷えすぎて、感覚がおかしくなっています(笑)
神事を終えるとゲンキンなもので、
何処となくすっきりさっぱりした気分になります。
そしてやっぱり来年も来ようと思えるから不思議です。
これも一種の神通力だったり(笑)
2年目の今年はこうして、無事終了することが出来ました。
今回信者の方のはからいで、
鉢巻ゲットです。
若干脳内にRPGテロップが浮きかけたことは、言うまでもない。
「シスキンは話しかけた。アイテムをゲットした」
これで気後れせずに、参加することが出来そうです。
有難う&来年もよろしく!
神仏の行事の多くは、こうして氏子さんや檀家さんに特化したものとなっていますが、
特化していても隔たれた文化であっては勿体ない、
と最近感じるようになりました。
知らないこと、もの、行事がまだまだ日本には沢山あります。
その中にはイベントとして非常に面白いものも数多くあり、
節度やしきたりに則りつつ、参加していけるといいなと思うのでした。
ただ単に、お祭り好きなだけだったりして。
いや、それもあるかもね。
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